SHORT <Daily Life:lunch time/Takamichi>
| うーん うーーん うーーーん…… ハルカ・シティ警視庁の自動販売機の前で、鷹通はその形のいい眉を寄せて悩んでいた。コインはすでに投入され、ボタンは煌々と光っている。さらにはそのボタンを押すべく鷹通の細いひとさし指も伸ばされていた。 しかしそれにも関わらず、この姿勢のまま凍りついて3分は経過していた。 早くしなくては昼食の休憩時間が終わってしまう。 だが、どうすればいいだろう…… 鷹通はそのメガネの奥の大きな瞳を、左へと向ける。 そこに映し出されるのは缶コーヒーのパッケージ。 やはり憧れの刑事になったからには、せめてコーヒーを飲まないといけないだろうか。それでなくても甘く見られてしまうのだから、まずは嗜好から変えていかなくては。 しかしコーヒーの苦手な鷹通は、ブラックコーヒーなど論外で、今飲もうとしているのも生クリームのカフェラテである。それでも鷹通にとっては大冒険。 そして今度は視線を下の段の真ん中に向ける。 そこに映し出されるのは淡いピンク色のいちご牛乳の缶。 昔から鷹通の大好きな飲み物である。あの甘くてピンク色の優しい味の液体が何より好きであった。 だが、今ここでそれを買って飲むのは少し恥ずかしい。 おそらく刑事課の連中はそんな鷹通を見て微笑ましく思うのだろうが、本人にとってそれは刑事らしくないと笑われているようにしか思えなかった。 ここはコーヒーにするべきだろう。 ゆっくりとようやくその人さし指をカフェラテのボタンへと伸ばす。そしてその指がボタンに触れようとしたときだった。 「えい」 「ひゃっ！」 突然背後から楽しそうな声が、鷹通の耳元を掠める。その声に驚いて身をすくませると、ピッという電子音の後にガタンと取り出し口に缶が落ちてきた。 鷹通の横から手を出してボタンを押してしまったのだ。 現れた男は長い体躯を曲げてしゃがむと取り出し口から小さな缶を取り出し、立ち上がって鷹通にその缶を差し出す。 その端正な顔には満面の笑みが浮かんでいる。 普通の美的感覚の持ち主なら、老若男女問わず見惚れてしまうだろう笑みが。 「はい」 だが例に漏れず鷹通がその笑顔に見惚れたのもつかの間、すぐに眉を吊り上げてその男に食って掛かる。 なぜなら差し出されたその男の手のひらに乗っていたのは、『いちご牛乳』と書かれたピンク色の缶だったからだ。 「なんてことをするんですか、友雅殿！！」 本来ならば上司でキャリアでもある友雅にこんなつまらないことで意見することは許されないのだが、真面目な鷹通はそんな横暴を許すことはしない。 こんなつまらないことだからこそ腹を立てた。 「いつまでたっても決められないようだったから、代わりに押してあげたんだよ」 すごい剣幕の鷹通に、友雅は眉一つ動かさずにっこりと目を細めた。 「今押そうとしていたところだったんです！」 「そう？ それは悪い事をしたね。じゃあ、新しいのを君に買うよ。それではこれはいらないから、捨ててしまおうか」 と、友雅が手にひらに乗せていたピンク色の缶を握る。その動作に鷹通にしては珍しくすばやい動きで、友雅の手からいちご牛乳の缶を奪った。 「いらないのではないの？」 う……。 ついはずみでいちご牛乳の缶を手に取ってしまった。 「……捨てるなんて勿体無いでしょう。仕方ないから今日はこれで我慢しますっ」 鷹通は一つにまとめられた髪を振り回すようにして、ぷいっと後ろを向く。 そして刑事課に戻って弁当を食べようと歩き出す鷹通に、自動販売機の前に立ったまま見送る友雅は笑いがこみ上げるのを抑えることができずに口元に手を当ててくっくっくと小さな声で笑い出す。 まったく友雅殿は！！ と、まだ怒って自分のデスクに鷹通は弁当を広げる。 そしてまずは一服するべくピンク色の缶のプルを開けると、ほのかな甘ったるい香り。 缶を口に当てその中の液体を飲むと、自然と気持ちが和らいだ。 おいしい〜 大きな瞳を細めて幸せそうにしている鷹通に、アニマールの声がかかる。 「おい、鷹通。なんだその甘そうな飲み物は」 はっ！ アニマール警部の無遠慮な声に、ついゆるんでいた顔を引き締めた。 「これは友雅殿が押してしまわれたんですっ」 その言葉にアニマール警部がうげえ、と言って嫌そうな顔を隠しもしない。 「まぁ、あの男がやったんなら仕方ないか。お前も大変だなぁ、鷹通」 「え、あ……はい」 友雅のやったことならと簡単に納得されてしまって、かえって鷹通は戸惑う。本当はコーヒーといちご牛乳にどちらにするか迷っていたのだ。それを強引に友雅が選んでしまったとはいえ、この飲み物をおいしいと思っているのは事実なので鷹通は少し眉を寄せる。 ……友雅殿に、少し悪い事をしたかもしれない。 お弁当を食べ終わったら彼に一言伝えに行こう、と鷹通は弁当を突つき始めた。 |