「安心してください―――あなたのことなんて、嫌いですから」 それを聞いて青年になりかかった少年が見せた笑顔は、まぎれもなく本物だった。 ■ ■ ■ 愚かなレプリカルーク。 一族の敵の息子。 誰よりも信頼していた人たちが、自分に与えた役割。 好きだった。 記憶のなかった自分を認めてくれた人。 記憶のなかった自分の世話をしてくれた人。 どちらも言葉に出来ないくらい好きだった。 けれど彼らは―――裏切ったのだ。 何も知らぬ自分を、利用して、捨てた。 何も知らぬ自分を、ずっと憎んでいた。 それは今も続いている。 きっと、続いている。 「まだ寝ないんですか？」 暖炉の前で椅子に腰掛け、毛布に包まっていたルークはかけられた声にぱっと顔を上げる。暗闇の中で炎に照らされた赤い髪がひょこっと揺れた。 「あ、ごめん…」 「夜更かししては体力が回復しませんよ」 「…うん、もう少しあたたまったら寝るから、ジェイドは先に休んでくれ」 ルークがそう言ってまた顔を暖炉のほうへ戻すと、ベッドから起き上がったジェイドがおりてこちらへ向かってくる。足音はないが気配で気づく。 言うことをきかないから怒られるのだろうか。 少し怯えながらそれを待っていると、ジェイドは手を伸ばしてルークの頬に触れる。 「先頭に立って動いていたから怪我もあるはずです。おとなしく休みなさい」 その手つきも声も優しかったから。 だからルークは反射的に、手をぱんっと振り払う。 明らかな拒絶の態度。 「ルーク？｣ 「…あ、ごめん…」 別にガイではないのだから、男性恐怖症というわけではない。触れることも触れられることにも、恐怖を覚えていたりはしなかった。 しかしルークはジェイドに触れられるのを拒んだ。 拒んだのは触れられたことに対してではない。 「俺のことは気にしなくていいから、先に寝てくれ」 「…………」 出逢った頃はなんともなかったのだ。 あの頃は何も感じなかった。それはルークが自分のことしか見えていなかったせいもあるし、怖いものなど何もなかった性格のせいもある。 誰かの悪意など、知らなかったから。 目に見えたものすべてが自分のためだけの世界。 「ジェイドが一番頭使ってるもんな。それに年寄りだし」 「あとの一言は余計です」 払われた手を再び伸ばし、むにっとルークの頬の肉をジェイドの長い指先がつまむ。力の加減はしているだろうが、それでも痛いものは痛い。 さっきと違って今度は振り払おうとはしなかった。 その差は何か。 「……ひ……」 「ブサイクな顔ですねー」 ぱっと手を離すと、ジェイドはにやにやと笑みを浮かべる。 最初の頃に見せていた、人のことを馬鹿にしたような表情。以前はむかついたものだが、今はどこかほっとしている。 自分が変わっていくのを認めてほしいのに。 なのに、相反するような感情。 ここのところ避けていることに、もうジェイドは気づいているだろう。 でも、何も言わない。 もしかしたらどうでもいいと思っているのか。 それだったらいい。 それでかまわないのだ。 優しくなんかしないで。 ヴァンは以前とは違い、自分への侮蔑の表情を隠さなくなった。劣化レプリカである自分を人と認めようとしない。父親よりも純粋に道具として、ルークを見ていた。 好きだとか嫌いだとか、そんな感情を抱く価値すらないと見下された。 ガイはシンクにカースロットを刻まれて、自分に襲いかかろうとした。それはイオンが消してくれたものの、その後の態度はやはり以前のものとは違っている。現にガイは宿で自分と同室になろうとしない。 きっと心の中で、まだ自分を憎んでいるからだ。 自分がいくら敬愛しても、感謝しても、好意を抱いても。 ―――裏切るのだ、みんな。 それは想いが強い分だけ、自分に跳ね返ってくる。 好きになった分だけ、傷は深くなる。 ほかに心の拠り所などなかったから、その痛みはルークの全身に襲い掛かった。 痛い。 苦しい。 さびしい。 もう嫌だ。 どうしてみんな自分を疎むのか。 そんなことはアクゼリュスのときから嫌というほど分かっている。自分は世間知らずで、愚かで、取り返しのつかないことをしたから。こんな自分に誰かをののしる権利はないのだ。 ヴァンもガイも、彼らからしてみれば裏切ったわけではなく、最初からそういう予定だっただけのこと。 しかしそれでもルークから見れば、裏切りにしかならない。 何も知らなかったルークだから、その傷は深い。 誰の目にも見えなくても、その傷から、まだ血は流れ続けている。 優しくなんてしなくていい。 手を振り払ったのは、優しくされるのが恐かったから。 「あなたのために寝なさいと言っているわけではないですよ。倒れられでもしたら、迷惑するのはこちらなので」 冷たい視線。 すべては自分自身のためだというような態度。 それがこんなにも心地いいなんて。 「ジェイドらしいな」 思わず笑みがこぼれる。 大人だからなのか、すべてを割り切ってしまっている。自分の損得のために声をかけただけなのだと、はっきりと彼は言っているのだ。 それでいい。 優しくなくていい。 そんなものはいらない。そんなものは見たくない。 「安心してください―――あなたのことなんて、嫌いですから」 それを聞いて青年になりかかった少年が見せた笑顔は、まぎれもなく本物だった。 だって、相手が自分のことを嫌いなら、自分だって彼を好きになったりしない。 好きにならなければ、裏切られることはないだろう。 |
ちょっとしたプロトタイプ的な作品。