ジェイドが自分のことを嫌いなのは納得がいくのだ。 自分は人ではなくレプリカ。ジェイドがかつて考案して、禁忌の技術と封印した「フォミクリー」によって造られた模造品。 過去の自分を憎んでいるジェイドが、レプリカをよしと思うはずもない。 まして、街一つを滅ぼしたのならなおのこと。 「いって……！」 「おや〜、泣いてるんですか？ 涙目になってますよ」 「んなことねえよ！」 では続けますよ、そう笑みを含んだ声で言うと、ジェイドは遠慮なくルークの腕に消毒薬をどばどばとかける。途端に獣の牙でえぐられた場所から、全身に激痛が走った。 沁みるなんてものではない。 食いつかれたときは戦闘中でかまっていられなかったが、そのときよりもずっと痛い気がする。 「やせ我慢して、ティアとナタリアの治療を受けないからです」 「てててて、しょーがねーだろ。あいつらも疲れてたし……」 「だからといって放っておいていい傷ではありませんね。傷の深さだけではありません。傷からの感染症の恐れもある。回復力があるからといって、あなどってはいけませんよ」 「ジェイドが診てくれてるから平気だろ―――ってええぇぇ！」 慣れた手つきでピンセットを手に持つと、ジェイドは薬を塗ったガーゼを押し当ててくる。それがまた痛いのなんのと、ルークは悲鳴を上げざるをえなかった。 患者に対する気遣いとは無縁である。 いや、それとも自分のことを嫌いだからなのか。 「とりあえず明日、二人のうちどちらかに治療してもらいましょう。今日はもう強い衝撃を与えないように。宿で休んでいるだけなら平気でしょうけれど、ルークですからねえ」 「ガキ扱いすんなっつーの！」 呆れたように笑いながら、丁寧に包帯を巻き終えたジェイドが救急箱に散らかした道具を片付け始める。どうやら治療は終わったらしい。 ルークは自分の腕を上げたり下ろしたりして、痛みが幾分かましになっていることを確認する。強くも泣く弱くもなく、しっかりと巻かれた包帯がある程度固定してくれているようだった。これならば、無理さえしなければ傷口も開かないだろう。 口を開けば嫌味ばかりだが、手当てはきちんとしてくれた。 「……ありがとう」 「まだあなたにお礼を言われるのに慣れませんね。ああ、鳥肌が」 「あー悪かったな！」 礼を言って損したとは思わないけれど、なんだか腹が立つ。 その反面、以前と変わらないジェイドの態度にほっとする。 ―――嫌いなままだ。 変わろうとしている自分を見ても、彼は自分を嫌いなままだ。 まだ腕の痛みはおさまらなかったけれど、ルークはほっと笑みをこぼす。 怖くない。 博識で、頭の切れるこの男を頼りにはしている。 しかし自分のことを嫌いだと、最初から言っている。自分がどんなに頑張ったり、馬鹿をしても、嫌いなものは嫌いなのだ。 自分のことを信用しろとも言わない。 好きになって欲しいとも思っていない。 だからルークも妙な期待はしないですむし、裏切られることはない。 「しまりのない顔ですね。痛みのあまり、頭も悪くなりましたか？」 「あのなぁ…」 「ほら、歯磨きをしたらさっさと寝なさい。自覚はないかもしれませんが、傷のせいで熱が上がり始めています」 大きな手のひらが熱を測るかのように、赤みを帯びているルークの頬を撫でる。 父親にはそんなふうに触れられたことはない。 ヴァンもガイも、褒めてくれるときにはルークの頭を撫でてくれた。思い出すとつらいけれど、それはそれで嬉しかったのだ、かつては。 「……………」 「どうしました？」 頬に触れている手があたたかい。 自分のことを嫌いだと言った男の手なのに。 「具合が悪いようならベッドを交代しますよ。もともと寝相が悪いのに、落ちて頭を打ったりして、これ以上可哀想なことになったら困りますし」 今日の宿屋の部屋に置かれていたベッドは二段ベッド。 見るなり喜んでベッドの上段を自分のものだと言い張ったのはルークだ。 「もう寝る！！！」 ジェイドの手を避けるようにして、ルークはベッドにかけられたはしごをのぼる。硬い布団にもぐりこむと、頭から布団をかぶってしまった。 「患部は上にして寝てくださいね。まあ、寝ているうちに転がってしまうのでしょうが」 最後まで嫌味を忘れない。 嫌い。 嫌いだ、こんな男。 「―――おやすみなさい、ルーク」 ■ ■ ■ 熱い、そう感じたら次には寒くなった。 でもすぐに、あたたかなものに包まれて、それから目が覚めることもなくぐっすりと眠ることが出来た。 いつまでもそのままでいたかった。 けれど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。 なけなしの気力を振り絞って、ルークは覚醒する。 まどろみの中、鼻をくすぐったのは朝餉の匂いなどではない。たしかにそれくらいいい臭いではあるのだが、その臭いの原因は食べ物ではなかった。 自分の鼻先にあるもの。 自分の身体を包み込むあたたかいもの。 「……ぅ……？」 やわらかくもなく、硬くもない。 でもあたたかくていい臭いのするもの。 なぞなぞの答えが見つからず、重い瞼を開いてみると、視界に飛び込んできたのは黒の布地。その合わせからは白い肌がのぞいている。 近すぎて全体像をとらえられない。 離れようとしてみたが、身体が言うことを利かなかった。そして昨日の傷が完治していないのだろう、ずきりと痛みが走って、ルークは小さく悲鳴を上げる。 その痛みがおさまるのをじっと待っていると、頭の上から少しばかり寝ぼけたような声が降ってきた。 「…そんなところでもぞもぞされると、くすぐったいのですが」 「え―――」 頭だけ動かしてみると、いつもの眼鏡をかけていないジェイドが、いつもと同じ表情でルークを紅い目で見ていた。 つまり、ジェイドが目の前にいる。 「あ、あれ……？」 たしかに昨日自分は二段ベッドの上を占拠したはずだ。 ジェイドがいつ寝たのかは知らないが、彼がもぐりこんできたわけではない、きっと。だって今自分は二段ベッドの下の布団に寝転んでいた。 それもジェイドの腕の中で。 「夜中に起きて用をたした後、こちらへ来たのですが、気づかなかったのですか？」 「……わ、悪い！」 慌てて起き上がろうとして、またしても腕に力をこめてしまう。治りかけの傷がまた痛んで、ルークはうっと顔をしかめた。 「そろそろみなさんも起きている頃でしょうか。あなたに付き合ってつい寝坊してしまいましたね」 人のせいにするな、と言いたいところだが、どう考えても自分が迷惑をかけてしまったのは間違いない。ジェイドが起きれば、自分も目が覚めただろうし、もしかしたら彼はルークが目覚めるのを待っていてくれたのかもしれなかった。 真実は、分からない。 きっと訊いても彼はお得意の嫌味を口にするだけだろう。 そして言うのだ。 自分のことを嫌いだと。 |