「お前がジェイドの嫁さんか」 学校の屋上に突然現れてそんなことをくちにしたのは、黄金の髪に浅黒い肌の色をした男だった。身にまとっている服は、Ｔシャツに似ているが全体的に見てどこかこのキムラスカの物とは違う。 あまりにも突然であまりにも堂々と言われて、ルークはきょときょとと大きな目をまたたかせるのに精一杯で対応が遅れる。 その間にも男は空色の瞳で興味深そうにルークを一通り眺めると、勝手に納得したような素振りでうなずいている。 「まあ、あいつの扱いは苦労すると思うけど、よろしくな」 「誰が苦労してるんでしょうねぇ」 その声に男はおっと眉を上げた。声の持ち主は別の星では戸籍上ルークの伴侶となっている男。いやこれもだまされたのではあるが、それはまた別の話。 「よう」 「よう、ではありません。本星から緊急通信が入ったから何事かと思えば…」 「もう抜け出したのがバレたか」 「フリングス将軍が顔色を変えていましたよ。まったくあなたという人は…」 「ジェイドのがみがみオヤジ〜」 恐い物なしとはこのことだ。 傍観していたルークの方が、あわあわと慌ててしまう。 「そんなこと言ってるとルークに愛想尽かされちまうぞー」 「余計なお世話です。そんなことよりも今すぐ宮殿に戻られてください」 いつも丁寧な物腰のジェイドだが、なんだかこの男に対する態度には違和感があった。話の内容にはどちらも遠慮がないのだが、言葉遣いが微妙に違う。あくまで男の方を立てている印象だ。 もしかしたらジェイドよりも身分の高い人物なのか。 そんなことを考えていると、屋上のドアが開く。中から出てきたのは女子生徒で、この学校に教師として潜入しているジェイドの姿を見ると、あからさまに表情が変わった。 いつもなら少しだけムッとするルークだが、今の状況では明らかに異質な存在の男の方が心配だ。異星人という秘密がばれたら、相手を殺さなければならない。少し前のルークはジェイドの秘密を知って殺されかけたくらいだ。 しかし驚いて振り向くと、男はジェイドと同じようにスーツを身にまとっていた。 ほっとしたのも束の間、その男に手をつかまれて引っ張られる。 「ちょ…おい！」 ジェイドもそれに気づいたものの、女子生徒の相手をしていて手が離せない。呼び止めようにも男が目立てば大騒ぎになる。 気が付けばルークは屋上から見知らぬ男に拉致される事態となっていた。 ■ ■ ■ 「ちょっとアンタなんなんだよ！」 「ルーク、ちょっと案内しろよ。俺この星は初めてなんだ」 「人の話聞けって！」 話を聞かないのはジェイドも同じだが、もしかしたらマルクト星とやらの人間はみんなこうなのか。さらに強引なのも似ている。 この男には横柄さこそないが、妙な貫禄があって逆らうことが難しい。人によってはそれをカリスマというのだが、そんなことはルークが知っているはずもなく、ただわけもわからず翻弄されるだけであった。 「とはいっても、そんなにうちと変わりないか」 「……」 案内などしなくても勝手に動き回っている。ルークは呆れた目でその様子を眺めていると、この男の正体についてまだ答えをもらっていないことに気づいた。 分かっているのはジェイドと同じ星の人間であること。 さらに彼のように仕事でここへ来たわけではなく、どうやら抜け出してきたようだ。無論ジェイドとは顔見知りであるようだし、身元はしっかりしているのだろう。気がつけばホットドッグを買っておいしそうにほおばっている。「ルークも食べるか？」 食いかけのものを差し出されて、つい勢いあまって受け取ってしまう。人の歯形のついたものなどもらうのは初めてでどうしたものかと、ホットドッグを持って立ち尽くす。ちなみに男はすでにほかのものに興味の対照を移しているから、見られる心配はない。 「・・・ほっとどっぐ・・・」 コッペパンの中に長いウインナーが挟まっている。手に持っているだけでかなり熱く、おいしそうなにおいが鼻を掠める。 公爵家の跡取りとして育てられてきたルークは、実はホットドッグを食べたことがない。食卓に並ぶことはまずなかったし、学校へも送迎は車だったりしたから買い食いもない。そもそも買い食いなどみっともない行為だと教えられてきた。 どんな味がするのか。 食べてみたい。 もう跡取りだとか気にする必要はないのだが、それでも幼いころから植えつけられてきたものが抵抗を示す。それでも興味のほうが勝り、ルークはかじってあるホットドッグを一口、噛んでみた。 ―――うまい。 「うまいか？」 「わっ」 どこかの店を覗いていたと思っていた男が気づけば目の前にいて笑っている。 悪気はないのだろうが心臓には悪い。 「うまいよなぁ、それ」 ジェイドとは違ってにこにこ笑うその顔に嫌味はない。 なのにどうしてか苦手意識が先立ってしまって、ルークは顔を引きつらせることしか出来なかった。それでも男は笑みを崩したりはしなかったけれど。 悪い人間じゃないみたいだけど。 でも、ジェイドと同じように正体が知られたら殺すのだろうか。 「アンタも視察にきたのか？」 「ん？ まあそうなんだが、せっかくだからいろいろ食べたりしたいし、土産も買っていかないとな」 それはむしろ観光に近いのではないか。 ルークはまたしても呆れた表情になって男を見る。 「……正体バレないようにしろよ。サンプル回収なんてひどい目に遭うのも遭わせるのも見たくないからな」 また余所見をしていた男が、その言葉にくるっと顔をこちらへ向けた。 その視線にすくみそうになるけれど、何も悪いことをしたわけではないと何とか踏みとどまる。なんでかこの男に見つめられると不安になるのだ。 「サンプル回収？」 「そーだよ。偶然ジェイドの正体知っちまったから、俺。サンプルをしばらくやってたんだ」 男は大きな手のひらをあごに当ててしばらく考え込む。 何かまずいことでも言っただろうか。もしかしたら彼はジェイドのミスを知らなかったのではないかとも思う。それなら余計なことを口走ってしまったことになる。 上官かもしれない人間であることを忘れていた自分のミスだ。 「き、気にすんなよ！」 「ジェイドがとんだヘマをしたもんだな、ってみんなで笑ってた。ま、あいつは地位も名誉もあるから、その程度じゃ厳重注意程度しか罰はないんだけどな。記憶を改ざんするか、始末するものだと思っていたんだが、結婚したって聞いたときには驚いたもんだが―――」 どうにも男の言葉の最後の歯切れが悪い。 明朗快活という感じの人間であるから、そういう姿はあまり似合わない。 「――サンプルの報告は受けていない」 今度はルークが動揺する番だった。 ジェイドと出逢った時から渡してきたサンプル。 それが報告されていないというのはどういうことなのか。 散々振り回しておいたくせに。 「……アイツ……！」 ルークは異星人の男の案内という役目も忘れて身を翻して駆け出した。 男の言うことが真実なら、自分は確かめなければならない。 それが嘘なら、全部嘘になる。 |