−花−
全部覚えておこう。 今見ているもの。 今まで見てきたもの。 記憶の始まりはここから。 ルークは７年間暮らした邸の中を感慨深げに見渡す。昔はずっとここから出たいと思っていたものだったけれど、戻ってみればここは居心地が良くて。 そんな自分の居場所を母親を始めみんなが作ってくれているのだとわかる。 「また顔を見せて頂戴ね」 「はい、母上」 だから、ごめんなさい。 きっと悲しませてしまうから、ルークは心の中で謝る。 ここを出たらもう二度と戻れないだろうことを自分は知っていたから。 いつ乖離現象が急速に進んでもおかしくない上、ローレライを解放すれば間違いなくこの身体はもたない。待っていても、歩いても、どちらにしろ自分の未来は変わらない。 だったら、みんなが笑っているほうがいい。 何もしないまま消えるのを待つよりも、みんなが笑えるように。 数え切れないほどの人を殺してきた自分の、それが最後の償い。 母親がいた寝室を後にすると、最後に全部見ておこうと邸の中庭に出る。ここはヴァンと自分がいつも剣の稽古をしていた場所。 でも今は何もない。 ―――いや、何もないわけない。 以前はまったく気にもしていなかったけれど、中庭は丁寧に手入れされており、四季の花々が色とりどりに咲いている。 花があれば虫もいて。 そして鳥たちも楽しそうにさえずっている。 「これはルーク様、おかえりなさいませ」 「ただいまペール。この花綺麗だな」 「ありがとうございます」 礼を言いいながら穏やかに微笑む老人を見ると、とても剣の達人とは思えない。そもそもそんな人間がこんな邸の中で庭師をしているとは普通は思わないだろうが。 でも剣を手にするより、枝切りバサミやスコップを持っているほうが似合っている。 剣を扱う者ならもったいないというかもしれないが、ルークにはそう思えた。 「この花は枯れてるけど折らなくていいのか？」 昔まだ咲いている花を惜しげもなく折っているペールに聞いたことがあった。新しい花を咲かせるために古いものは折ってしまうのだと。 それは今でももったいないな、というよりは腑に落ちない。 「ええ。ほら、このように枯れた花にはそのあと種がつくのですよ」 ペールは根元に近いほうの、もうすでに枯れきって干からびたような花をつかむと、手袋をした手を握りこんでからそれを開いてルークに見せた。 風がすぐに粉々になった花びらを吹き飛ばす。 そして手のひらに残ったのは小さな黒い玉。 「種、ってことはこれを育てればさっきの花が咲くのか」 知識として知ってはいたが、手にするのは初めてだった。子供でも知っているようなことを当たり前のように確認したけれど、ペールは好々爺のような笑みを崩さない。 「はい。土に埋め、水をやり、陽の光にあててやれば、芽を出し花を咲かせます」 そしてその花が枯れたら、また種ができるのだろう。 繰り返し、繰り返して――― |