−嫉妬03−
「…責任取るのは、兄ちゃんのほうだろ！！」 だって忘れたことなんてなかった。 十年間、いやその前から忘れたことなんてない。何度したかなどは忘れてしまったが、そのすべてのときが幸せだったことは覚えている。 拓郎のときみたいに不快に感じたことなんてなかった。 今だって。 いつだって。 「責任……取れよ……」 諒以外では駄目なのだ。 好きだから。 間違った感情だろうとなんだろうと、そんなことは知らない。 「さっきのは事故だったんだ。俺は諒兄ちゃんとしかしたくない。これまでだってしたことなんてなかった。兄ちゃんは違うの……？」 「――――」 自分以外にもできるのか。 自分以外ともしてきたのか。 表情からは何もわからない。わからないと、不安になる。信じたい気持ちはあるのに、先ほどの態度を見せられたら。 せめて何か言って欲しい。 「俺以外の人とも、したの？」 「……それは……」 諒は大きな手のひらで自分の口をふさいで、間近にある慎の顔から視線をそらす。親しくない人間だったら、やましいところがあってそんな仕草をしたのだろうと思うところだろうが、慎は十年離れていたとはいえ弟である。 末弟の洵ほどに聡くはないが、裏がないのであれば諒のことくらいわかる。 嘘をつけない生真面目な性格。 いつだって約束を守ってくれる人。 責任感が強すぎて、警察官にまでなったような男だ。 「こっち見てよ」 「――――」 不承不承といった様子で、慎のほうへと向き直る。口を覆っていた諒の手をつかんで引き剥がすと、また口づけようと顔を寄せた。 もう少しで触れようとしたとき、再び冷静さを取り戻した諒の目がしっかりと、慎の姿をとらえる。 「慎――わかっているのか」 「え？」 何を、だ。 動きを止めてきょとんとした顔で見返す慎の手を逆につかんだ諒は、ぐいっと引っ張って部屋の隅にあるベッドの方へ歩いていく。そして乱暴に腕をさらに強い力で引かれ、離される。 当然のように勢いあまって慎の身体はベッドへ転がった。 「っ……兄ちゃ…」 何事かと身体を反転させて諒の方へ向き直ると、そのまま両腕で肩をつかまれ寝台に押さえつけられる。 「ん――…っ」 急にキスをされて言葉を封じられる。 らしくない。 こんな扱いは綾凪署で出て行けと言われたとき以来だ。そしてそれは諒が苛立っているときでもある。 なんで、怒ってるんだろう。 「…ぅ……」 深く、長い口づけによって、慎の体が熱くなり始める。先ほどの拓郎の事故なんて、本当に事故だったんだと思えるほどに。これまでしてきたキスも、まだ本気じゃなかった。 全然違う、キス。 「……ふ……っ…ん……」 何度も角度を変えて重ねられる唇。 息苦しそうに開かれると、それを待っていたかのように舌が侵入してくる。歯列をなぞり、それから縮こまったままの慎の舌に吸い付く。 吐息と唾液が混ざり合って、くち、と音が立った。 溶け合うような感覚に、思考がぼんやりとしてくる。 なん、だ――？ 怒ってたと思ったのに。 気持ちよくしてくれる。 もっと。もっと欲しい。交じり合いたい。 身体は熱くなっているはずなのに、背筋がぞくりとする。快楽という感覚が慎の身体の中を駆け巡ったのだ。 「っ！」 諒がやっと唇を離して身を起こす。 そしてベッドの上で動けない慎をそっちのけで、机の上に置かれていた眼鏡をかけ直した。 「……っ…なんで…」 「責任を取るというのはこういう意味だ。同性同士で、さらに兄弟同士で倫理的に許されるものではない。だから、もうやめるんだ」 やめる。 もう二度と、諒とキスできないということ。 そんなこと―― 「勝手に決めんなよ！ 俺は別に男同士だろうと、兄弟だろうと、そんなこと関係ないし……」 正気に戻って、やっと力を取り戻した慎は両手を突くと、上半身をベッドの上に起こす。同時に諒がこちらへ振り返った。 「洵はどうする」 「……洵…って……関係ないだろ……」 「ないわけあるか。兄弟同士でこんなことをしているなんて知られたら、洵にいい影響を与えるわけがない。嫌われるくらいならまだ可愛いものだが、万が一外にでも漏れたりしたら、またいじめに遭うかもしれないんだぞ」 東京でそれを目の当たりにし、事情を聞かされていた慎は黙り込むしかない。洵に良かれと思って、ここへ帰ってきたのだ。実際ここへ来てからの洵は、東京にいたころよりもずっと楽しそうだ。 それを壊すことになるのか。 そんなに悪いことなのか。 やっと気づいたのに。 洵のいじめは最大のきっかけだったけれど、慎だって諒に逢いたくて戻ってきたのに。 ――好きになっちゃ、いけなかったのか。 「まだ遅くない。ここから出て行け」 帰ってきたこと自体が、間違いだったのか。 ここへ戻ってきてから、初めて慎が揺らいだ瞬間だった。 |
いやんなところで終わり！
これ全然贈り物になってないよ、ね。
ＢＡＤエンドとかそんな……もう少し続けます。あんまりなので(笑)