−嫉妬04−
そばにいたい。 何度拒絶されても、それは変わらなかった。 だって好きだったから。 好きだから、そばにいたい。 でもそれが許されないとしたら。 あきらめるしかないとしたら。 この気持ちを抑えつけてここで暮らしていくか、それができないのなら諒の言うとおりに出て行くしかない。 あの後のことはよく覚えていない。ふらふらとおぼつかない足取りで諒の部屋を出、それから気がつけば家の裏の公園へたどり着いていた。 遊具すべてに雪が降り積もり、まるで思い出を覆い隠そうとしているようで、どこか悲しい。 優しかった時間が、場所が、ぼやけて揺らぐ。 忘れてしまえたらよかった。 洵のように記憶がなければよかった。 欠けている記憶もあるのに、どうして諒のことだけは鮮明なのか。 「――泣かないで」 慰める声は近く。聞き覚えのある少女の声。 だが慎の頬に触れた指は、女の子にしては少しばかり骨ばっていた。見慣れた紺のコートに、黄色のマフラー。少女にも見えなくもないその顔は、弟の洵だった。 「な、んで……今日…寮へ行くって……」 「――聴こえたから――」 「…え……？」 洵は微笑んで首を横に振る。 「忘れ物したから、取りにきただけだよ」 そっか、と慎は泣いていたことが恥ずかしくて、一方うしろへと下がる。守るべき相手に泣いているところなんか見られたくない。自分は兄なのだから。 いじめに遭っていたときですら、洵は泣かなかったのに、自分だけ兄とケンカしたくらいで泣いているのが恥ずかしい。 「まだ仲直りできてないんだね」 「……もう、駄目なのかもな……」 できない、自分には。 抑えることも、忘れることも。 そばにいる限りは。 けれど洵を犠牲にすることもできない。 だったらもう、決まっている。 好きになった瞬間から、決まっていた。 「洵、俺たち――」 「僕はここにいる。決めたから」 それは、この間の慎と同じ決意。 洵の居場所を決めるのは慎ではない。洵自身。 これまでは自分についてくるだけだった弟が、やっと自分の意志で決めたこと。力任せにその意志を折ってはいけない。自分がされて怒ったことを、洵にするわけにはいかなかった。 でも、それはここに残るということ。 諒のそばにいること。 けれど慎にそれは許されない。だったらもう、洵とも離れるしかないのか。そう考えたときだ、小さな手が慎の服のすそをつかむ。 「お兄ちゃんも決めたんでしょ？」 「……でも……俺は……」 洵を傷つけるかもしれない。不幸にするかもしれない。それは、嫌だ。自分の幸せのために、洵を犠牲にすることはできない。諒だって許さない。 「慎お兄ちゃんもいなきゃ駄目だよ。でなきゃ、また諒お兄ちゃんが一人ぼっちになっちゃう」 でも洵はここに残るといった。 諒は洵を傷つけたくないから、慎に離れろと言っているのだ。 ああ、駄目だ。そうわかっていても、口を突いて出てしまう。 「――お前がいてやればいいだろ！！」 洵は何も悪くないのに。まともに顔を見ることも出来ず、慎は顔をそらして感情のままに叫んだ。 みっともない。 これはただの嫉妬。 最低だ。八つ当たりなんかして。 「僕じゃ駄目だから――諒兄ちゃんには慎兄ちゃんがいないと駄目なんだよ」 「……兄貴は俺がいなくても平気だろ。出て行けってさっきも言われたんだ」 「じゃあ僕は一人でおばさんのところへ戻る」 何を言い出すのかと慎は顔を上げて、洵を見つめる。真っ直ぐにこちらを見る目には迷いがない。 あの場所で何があったのか、すべてを慎は知らない。それでも洵にとってつらい環境であったことだけはたしかなのに、慎のわがままでまたそこに戻ろうというのだ。 冗談なんかではないだろう。 「……洵……」 「またこの家で暮らそうって言ったのは慎お兄ちゃんじゃない！ うれしかった、ここにいられて。これから何があっても、お兄ちゃんたちが一緒にいてくればそれだけでいいのに、どうしてわからないの！？」 最後の方はもう泣き声でかすれていた。 慎はぎゅっと、小さく震える弟の小さな身体を抱きしめる。 そして自分のことを殴りつけたい気分になる。一人で悲劇の主人公ぶって、大切なものを傷つけたのは慎。そして諒も。 まるで人の心がわかるのではないかというような洵に対して、一番苦しめるような真似をしてしまった。せっかく元気になりかけていた心を、また壊そうとしてしまった。 洵のために離れる？ それで兄たちを犠牲にした洵は幸せだろうか。 どうしたってわかってしまう洵が幸せになれるはずがないのに。 「ごめん……ごめんな、洵……」 一緒にいよう。 出て行かないと決めたのは、慎が先だった。 どれだけ傷ついても、そばにいようと決めたのに。 だったら、自分が洵を守らなくてはいけなかったのに。こんなふうに傷つけてしまった。いじめに遭っていても泣き言一つ言わなかった洵を泣かせてしまった。 そんなにも洵を傷つけたのだ。 「ごめん……もう言わない。俺もここにいるから」 家へ帰ろう、といったが、泣くのをやっとやめた洵は首を横に振った。今日は寮に泊まるともう決めているらしい。多分、慎と諒のことを気遣って。 優しいというのはこういうことだ。 久しぶりに弟の手をつないで歩いた。 成長期に差し掛かっているものの、身体は小柄なほうで、まだまだ小さな手。その手をしっかりとつないで、慎は寮まで洵を送っていった。 そして再び家へ戻る。 自分のやるべきことは、もう決まっていた。 慎が、決めたのだ。 |
洵と結祈が大好きです！
でも泣かせたりして、イメージ崩れたらごめんなさい…
結祈なら嘘泣きもするよね……（ええー）