―――ぼすっ！！ 「な、なんだこれ！」 部屋の主よりも先にドアを開けたルークが、鼻を左手でおさえて大きな声をあげた。背後に立っていた部屋の主はルークがつい今しがた激突したものを見て、眼鏡の位置を直す。 それは入り口を封鎖するどころか、部屋まで占拠している。 薄いピンクの布地のところどころに深いピンクが模様のように貼り付けられていた。見覚えがないわけでもないその模様。 「んだ、このでけーブウサギ！！！！」 「…のぬいぐるみですね」 眼鏡の位置を直しながら男はいつものように冷静な声をあげる。 もちろん長く留守にしていたこの男がそんなものを入り口に置くはずもない。さらに執務室にこんな邪魔なものを置くような人物、一人しか心当たりはなかった。 男の幼なじみ。 このマルクト帝国皇帝ピオニー九世。 「あ、手紙がついてる。えーと、誕生日おめでとう。お前の敬愛するものより」 「ちゃっちゃと譜術でも使って燃やしてしまいましょうか」 邪魔くさいですね、と男は微笑んだまま物騒なことを口にする。 すると手紙を持ったルークがくるっと勢いよく振り返り、突然軍服につかみかかってきた。 「ジェイド、お前誕生日なのか！？」 旅に出ていると日付を忘れるのではないかと思われがちだが、実際は旅に出ているものこそ、日付や時間には精通している。報告書の件もあるが、少なくともジェイドは日付きちんと認識していたため、自分の生年月日との称号も瞬時にすんだ。 シルフリデーカン・２２の日。 それが自分の誕生日。 たまたま今日グランコクマに寄ったからいいものの、そうでなければしばらくこの邪魔くさい贈り物のために部下が苦労したであろうことを思うと、素直に親友の好意を喜ぶわけにもいかない。というよりも、３６になる男にぬいぐるみを贈るセンスがどうかと思う。 「まあ、一応そうですね」 とりあえず長い足でそれを蹴り飛ばして、なんとか人間の通ることの出来る隙間を作り出して、さっさとジェイドは部屋の中に入ってしまう。 「どこへ行くんですか」 後からついてくると思っていたルークが背を向けて走り出そうとするところを、ジェイドは手を伸ばして首の後ろをひょいっとつかむ。 勢い余って首が絞まったルークはうぇっと喉を鳴らした。 「まだ用事が終わってないでしょう」 「あー、え、俺なら大丈夫だから、な？ な？」 「大丈夫かどうか調べるための診察です」 正論で返せばルークはうっと言葉を飲み込んでおとなしくなる。 大丈夫かどうか調べたところでどうなるわけでもないが、それでもただ放っておくこともできず、ジェイドは機会があるたびに音素乖離を起こし始めたルークの身体を診察していた。 とりあえずおとなしくついてきたルークはジェイドの出した椅子に腰を下ろすと、入り口から部屋をよこぎる巨大なぬいぐるみを見上げて口をあんぐり開ける。 「でけー…ていうか、どう考えても窓からもドアからも入らないよな」 「中の綿だけ最後にこの部屋で詰めたんでしょう。それで縫い合わせれば完成です」 簡単な説明であったが、納得したルークはやっぱ頭いいなージェイドはとか素直に感心している。ピオニーの考えることはそんなものだ。どうせ周りのものを巻き込んで大騒ぎしていたに違いない。毎年毎年よくもまぁろくでもないことを思いつくものだと、ジェイドはそっちのほうに感心してしまう。 ぎこちない手つきでボタンをはずし上着を脱ぎ、続けてシャツも脱いだルークの前に膝をつく。 「なんで教えてくれなかったんだよ」 いつものように診察を始めたジェイドに不服そうな声が降ってくる。 意味が分からず視線だけ上げると、声と同じようにふくれっつらをした子供がそこにいた。 「何をですか？」 「誕生日！ 言ってくれなきゃ祝えないだろ」 「生まれた日だというだけですよ。あの方については誕生日にかこつけて大騒ぎしたいだけなので、気になさらずとも結構です」 そうじゃねえよ、と子供はさらに頬を膨らませる。 幼いころから誕生日の意味は生まれた日という事実だけであったジェイドには、一体何がそんなに嬉しくて、楽しいのかさっぱり分からない。歳を重ねていくことがうれしいのか。しかし女性はある一定の年齢になると、それが段々苦痛になっていくという。 価値観の変わるようなものだろうか。 その日に生まれて、歳が一つ増える。 ただそれだけじゃないのか。 「まあ、誕生日なんて本人よりも祝いたいのは周りのやつなんだろうけどさ。俺は少なくともおめでとうって言われたら嬉しかったけどな。…プレゼントもだけど」 彼の場合、最後の言葉がほとんどなのだろう。 少しだけ恥じ入った様子のルークの胸に聴診器を当てると、くすぐったかったのか短く悲鳴をあげた。 「そういうものなのですか。よく分かりません」 特に心音にも異常は無い。 音素乖離のほうは今のところ安定しているようであった。ジェイドはルークにばれないようにほっと息をこぼすと、聴診器をはずしながら立ち上がる。 「ジェイドは欲しいものとかねーの？」 「自分の力で手に入らないようなものは無いものねだりでしかないですからね。望まないようにしています」 欲しいものはある。 死霊使いと恐れられたり、天才だと呼ばれても、ジェイドは聖人君子でもないただの人間だ。 この青年と出逢ってから、それを思い知らされてばかり。 「そーじゃなくって、俺に頼みたいこととか！ 俺にしか出来ないこととか…あんまりねーか…」 自分で言って自分でしょげている。 ジェイドはくすくすと笑いながら、脱ぎ捨てられていた服を拾って、中からＴシャツを手渡した。 いつだって本当の望みが叶うことは無かった。 彼だって望んでいながら叶う事の無い願い。 それは口にこそ出さないが、たぶん同じもの。 世界の危機さえなければ、彼の身体の異変が止まれば――ジェイドにはあとの願いは無い。 しかしそれこそがどうにもならないもの。 「……誰かに祝ってもらう資格などありませんから」 すべては自分が招いたことだ。 自分の才に酔って、生み出した技術が根源。 それさえなければ今の事態も起こっていないし、ホドも滅びたりはしなかった。だったらヴァンもこんなことを考えもしなかっただろう。 しかし一番の被害者はこの子供。 勝手に作り出されて、利用されるためだけに育てられ、捨てられた。 そんな彼に誕生を祝ってもらう資格などあるはずもない。 「―――でも、俺はジェイドが生まれてきてくれて良かったと思ってる」 「お前のおかげで俺がいるってのもあるけど、ジェイドが今ここにいてくれて嬉しいし……迷惑かけてばっかりだけどな」 照れながら笑うとルークは受け取ったＴシャツをずぼっとかぶってしまう。 恥ずかしいからなのか、動揺しているのか、なかなか顔を出さない青年の横にあった机に上着を置くと、腰を折って長い体躯を曲げて、彼がおずおずと顔を出すのを待った。 「わっ！？」 シャツから顔を出した瞬間、ジェイドの顔が至近距離にあったためルークは驚いて椅子の上でバランスを崩す。倒れそうになるのを支えると、余計に距離が縮んだ。 見下ろす青年の顔は赤く染まっている。 「一つ、欲しいものができました」 「え、あ、な、なんだ？！」 本当はもう十分すぎるくらいにもらったのだけれど。 何気ない一言で、自分がどれくらい救われているのか彼は知らない。 生まれてきたことに感謝をするというのなら、今までの自分に意味があるとするのなら、それは彼に出逢えたことなのかもしれない。 彼がいなければ知るはずのなかった感情。 その意味さえも知らずに生きていっただろう。 「あなたの誕生日、その日を私に下さい」 へ、と口からこぼすと期待はずれなのかなんなのか、ルークは大きな目を丸くしている。 自分の誕生日はやっぱり嬉しいとは思えないけれど、彼が喜んでくれることは素直に嬉しかった。だから自分も祝ってみたくなったのだ。 彼がいてくれて嬉しいと、そう思っている。 「いい、けど。でも何か変じゃねぇか…？ お前の誕生日なのに」 「いいんですよ、欲しいものはそれですから」 次の誕生日。 彼はここにいてくれるか分からない。 だから、せめて約束を。 生まれてきてよかったと思えるように。 生まれてきてくれて嬉しいと言えるように。 どうか――― |
誕生日くらい明るく出来なかったのか。
まあ、時期が時期だしねえ…。
タイトルはＬｉａさんの曲からー。
テニスの時はカタカナで使ったね…。
11/23 続きを相方が描いてくれたよ！！！！！<<ここから！>>