「イオンがまた倒れたぁ？」
　あかずきんはそう聞くと、ベッドから起き上がった。身体の弱いイオンが倒れることは珍しくないが、だからといって放って置けるほど非情にもなりきれず、だるそうに首の骨を鳴らしてあかずきんは外へ出る準備をする。

　―――仕方ない、見舞いに行ってやるか。


　久しぶりに歩く邸の外は何もかもが新鮮で。
　好奇心旺盛なあかずきんはいろんなところで寄り道をしてしまう。そしてついには森の中で方向感覚を失ってしまった。
「どこだー……ここは……イオンの家はどっちだー……」
　きょろきょろと辺りを見回すが木々しかなく。
　道なき場所に看板もあるわけもなく。
　あかずきんはとうとう音を上げて途方にくれて座り込んでしまった。邸をあまり出たことのないあかずきんは、森の中には危険がいっぱいだということを知らない。
　今も、一匹の金髪のオオカミがそんなあかずきんを狙っていることにも、当然気づくことはなかった。


　―――いただき！


　背後から飛びかかろうとあかずきんの後をつけていたオオカミだったが飛びかかろうとした瞬間、あかずきんの前方から新たな人影が近づいてきたので慌てて身を隠す。
　邪魔をしたのは一体どこのどいつだ、とオオカミが目をこらすと、それはよりにもよって自分の天敵、赤い目をした森の狩人だった。
　森の中であかずきんと出逢った狩人は、笑みを浮かべて優しく声をかける。
「こんな所でどうしたんですか？」
「あー…えーと、イオンの家へ行きてーんだけど……」
「ああ、迷子ですか」
「う、うるせえ！」
「ちょうど私もそちらのほうへ行くところでしたから、森を出るまで一緒に行きましょう。この森には怖いオオカミもいますからね」
　自分のことを棚に上げて狩人は愛想よくそんなことを言った。
　人を見る目のないあかずきんはその親切な言葉を当然のように受け取って、さっきまでの不安はどこへやら元気いっぱいに歩き出す。
「……そこは木の根っこがあって危ないですよ」
　注意は少し遅く、下を見ないで歩いていたあかずきんは木の根に躓いた。バランスを崩したあかずきんの身体を狩人は両手で後ろから抱きとめる。
「ほらね」
　耳元で囁かれくすぐったいのと、自分のドジに頬を染めてあかずきんはうつむく。
「怪我はありませんね。では行きましょうか」
　さりげなくあかずきんの手をとると、狩人はエスコートをするかのように優雅に歩き出す。それを見ていたオオカミはどっちが危険なんだよ、と白い目で二人を見つめてから、先回りをするために走り出した。
　あかずきんの目的地はイオンの家。
　狩人とは森を出たところで別れるはず。
　ならば先回りしてイオンの家で待ち構えていれば、そのうちあかずきんのほうから出向いてくれるはずだ。
　オオカミは金色の髪を揺らして森の中を駆け抜ける。



「やーっとついたー。イオンーいるかー？」
　病人の家だということも忘れ、遠慮なくあかずきんはどんどんとドアを叩いた。
　中から聞こえてきたのは妙にくぐもった声。
「あかずきん……どうぞ……」
　いつものイオンとは違う声音に、あかずきんはそんなに具合が悪いのかと家の中に飛び込んだ。置かれているベッドに近づくと、寝転んでいるイオンは布団を頭までかぶっている。
　のはいいのだが、頭まで布団を被ったかわりに、長い足が布団からにょきにょきと飛び出ていた。
　自分よりも小柄なイオンのはずなのに。
「い、イオン……ずいぶん……でかくなったんだな」
「ごほっ……そういう…病気で……」
　身長が伸びてしまう病気。
　そんなものは初耳だが、広い世界に世間知らずのあかずきん。自分もちょっとその病気にかかってみたいと思ってしまったから、そういう病気もあるのだろうと無理やり納得することにした。
「それに…ずいぶん肌の色も黒く……」
　布団から見える膝の下は病弱で白かったイオンの肌の色よりもずっと焼けている。病気のせいにしては妙に健康そうな小麦色だ。
「ごほごほ……畑仕事で…無理して……ごほ……」
　咳き込むくらい苦しかったら布団などかぶらなければいいのに。
　あかずきんは手を伸ばすと頭が出るように布団をめくってやった。
「……ごほ…驚いたか…顔まで変わって……」
　こちらを見る瞳の色は空色。
　精悍そうなその面立ちは、幼いイオンのものとは似ても似つかない。
　さすがのあかずきんでも、もう騙されなかった。
「てーか、別人だろっ！！！　イオンはどうした！！？」
「なんか温泉行くとか置き手紙あったな、そういえば」
　気づかれたのなら仕方ないと立ち上がったオオカミにあかずきんは呆然と立ちすくむ。
「それじゃ食わせてもらうぜ」


　ばんっと大きな音を立てて入り口のドアが開く。
「あかずきん、伏せなさい！」
「またお前か！！！」
　突然現れた狩人の撃った銃の弾丸をオオカミは紙一重で避けた。
　さらにはあかずきんの身を間に挟むようにしてオオカミと狩人は対峙する。これで飛び道具は封じられただろう。
「いつもいいところで邪魔しやがって。もう少しであかずきんをいただけたのに」
「つーかなんで裸なんだよ！！！」
「せっかくだから全部食おうと思って」
　パーン、と破裂音がしてオオカミの金色の髪の一部が焼け焦げる。
　狩人の手の中の銃が火を噴いたのだ。
「お……おい！！！　なにすんだよ！！！」
　文句を口にしたのはあかずきんのほうだった。もう少しで自分に当たるところだったのだからそれも当然である。
「失礼。何かよからぬ発言が聞こえまして｣
「あたったらどーすんだよ！」
「あてませんよ。もしもあたったら責任は取ります。ちゃんと私がもらって差し上げますから、心配はいりません」
「そーゆーことじゃねえだろ！！！」
　言い争っている間に服を着たオオカミは逃走経路として窓を確認してから、目の前で狩人に対して怒っているあかずきんの首筋に噛み付く。
「……ひ……っ！」
　びくんとあかずきんの身体が跳ねて、また狩人がオオカミを銃で狙う。
　慌てて身を離すと拳で窓ガラスを強引に割った。
「次は頂くぜ、あかずきん」
　最後にそういい残してオオカミは割れたガラス窓から身を躍らせる。

　噛まれた首筋をおさえて呆気にとられるあかずきん。
　狩人はずかずかとオオカミの逃げた窓に近づいて外を確認する。
「ち……逃げ足の速い」
　独り言のようにそうつぶやいてから振り返って、狩人はあかずきんの首をおさえている手をどけさせた。噛み付いた歯の痕。しかし食いちぎるつもりはなかったらしく、内出血はしているものの傷はない。
「すみません」
「な……何でお前が謝るんだよ」
「私のせいで怪我を負わせてしまいました」
「血もでてねーし、なんでもねーって」
「いえ、責任を取って結婚します」
「ば……っ……馬鹿いうんじゃねえよ！！！！」
　あかずきんは突拍子もない発言に顔を赤くして怒っていたが、対する狩人はオオカミが去ったことで冷静さを取り戻したようで眼鏡の位置を指で直す。
「オオカミはあなたを狙うと予告していますし、家へ戻ったところを襲われてご家族に迷惑をかけたいですか？」
「う……でも……」
「これから私は街へ行ってきます。あなたがいれば街の人も危険ですから」
　それは結局ルークは家に戻れないということだった。
　街へも、人のいる場所へも。
　世間知らずのルークが一人外に放り出されて暮らしていくのは不可能だ。イオンなどの知人をあてにするなど問題外。


「一人でのたれ死にますか？　それとも私のところへきますか？」



　こうして、あかずきんは狩人と幸せに森で暮しました。
　金色のオオカミも狩人のいない間にあかずきんに会いに来るとか。

trillのmichicoさまとの初のコラボレーション！！(笑)
ていうか、修羅場中に何やってるの、私たち！！！
アホですみません。