「あ、ジェイドおかえりー」 寝付けなくてホテルのロビーで一人くつろいでいたルークが、入り口から姿を見せた長身の男に声をかける。いつも薄笑いを浮かべていて余裕の表情をしているのに、今日はどこか疲れた様子だった。用事があるとかいって単独行動をとっていたから何をしていたのかわからないだけに不安になる。 「ただいま戻りました」 「怪我でもしてるのか？ なんか冴えない顔してるぞ。ティアかナタリアでも起こしてくるか？」 立ち上がってジェイドの近くにいくと顔を覗き込む。 眼鏡で隠されている部分はあるものの、誰の目から見ても端正な顔立ち。服の下には無駄なく鍛えられた肉体があることを知っているが、脂肪の少なそうな身体はルークの目から見ても細く感じる。 その身体の長い両腕がルークの身体を突然包み込んだ。 「お…おい、ジェイド……！？」 夜更けであるからロビーに人はいない。ホテルの人間でさえ奥に引っ込んでいるため、無人なのは分かっているが、それでも誰が来てもおかしくない場所で抱きしめられるのには違和感があった。 いつもの嫌がらせだろうか。 しかし抱きしめるだけでそれ以上何をするわけでもないようだ。 警戒して身を硬くしていたルークが力を抜くと、耳元に大きなため息が届く。 「はーーーぁ」 「ジェイド、本当にどうしたんだよ」 いつもと調子が違うことを隠そうとしないことこそが、彼にとっては異常だ。 元気付けようとぽんぽんと背中を叩いてやると、ぼそりとジェイドが何かをつぶやく。 「え？ 何て言った？」 「……カレー……」 かれー。かれい？ 華麗？ いや、彼の好物はカレーだったか。 とすると、もしかしたら… 「おなか空いてるのか、ジェイド？」 「カレーが食べたい」 「食べたいって――ホテルも外もどこの店も閉まってるし、ガイでも起こすか？」 「………」 途端にジェイドがぐったりと力を抜いて寄りかかってくる。 一回り大きな身体であるから、はっきりいって重い。しかしここで突き飛ばすことも出来ずにルークはどうしようどうしようと考え込む。 もうこうなったら最終手段しかない気もする。 ジェイドが納得すればの話だが。 「…俺が作る？」 料理をするたびに嫌味を言われている。まあ実際自分で食べてみても破壊的な味だとは思うが。だから彼は絶対了承しないと思っていたのだが、ぱっと身体を離すと嬉しそうに微笑んだ。至近距離だったものだからついその顔に見惚れてしまうが、すぐに彼がさっきの提案を飲んだことに気づく。 やっぱり変だ。 「ジェイド、熱でもあるんじゃないか？」 「失礼ですねえ。さ、部屋に戻って材料をとってきてください。私はホテルの人にお話しておきますから」 いきなり元気になったジェイドはいつもどおりてきぱきと指示を出し始める。さっきのは仮病だったのかと思わないでもないが、元気であればそれに越したことはない。 どうせ眠れなかったのだから、時間つぶしにもいいだろう。ルークは笑みをこぼしてロビーから階段へと足を向けた。 ■ ■ ■ 一応味身をしたし、カレーについては特訓もしたおかげで食べられないことはない味になっていたが、やっぱりジェイドには嫌味を言われた。文句を言うなら食うなといってやったが、ジェイドは文句を言いながらすべて食べた。 部屋に戻ってシャワーを浴びたジェイドは早々にベッドに寝転がる。 「ちゃんと髪の毛乾かさないと風邪引くぞ」 「それはいつもの私の台詞ですか？」 「そーだよ」 しかし疲れているのか起き上がることもなく楽しそうにくすくす笑っている。一体どこの誰がこの男をここまで疲れさせたのだろうか。あの破天荒な皇帝くらいしか思いつかないが、それなら自分たちを置いていかないだろう。少しでも矛先を自分から他の人間へ向けるはずだ。 怪我をしているわけではないようだから心配をすることもないか。 ルークは布団の上にのっている男の隣にごそごそともぐりこむ。ガイとイオンは別の部屋を取っているから、しゃべっていても気兼ねすることはない。  「髪の毛なんか譜術ですぐ乾かせるだろ。お前変なところ器用なんだし、いつも俺にやってるみたいにして早く寝ろよ」 「自分のこととなると面倒でねえ」 「歳考えろよな。若くないんだし抵抗力が落ちててもおかしくないだろ」 すっと音もなくジェイドが身を起こす。 言うことを聞く気になったのかと思いきや、かけていた布団をめくってルークの上にのしかかってきた。 「お、おい！」 「歳かどうか確かめてみますか、身体で」 いつもは自分のことを老体だといってはばからないのに。 どのみち今の状況はよくないとルークはぶんぶんと音がしそうなひど勢いよく首を横に振った。ジェイドが遠慮しないで下さいと笑って顔を近づけてくると、濡れた髪が首筋に触れて冷たさにルークは思わず反応してしまう。 「ひゃ……っ冷た……」 びくっと首をすくめている間にジェイドの手が服のすそから侵入してくる。 慌てて両手でそれを押しとどめるが、抵抗など結局無駄に終わるのだろう。しかしそれでも止めないわけにはいかなかった。 「疲れてるんだろうがっ」 「まだまだ元気ですよー」 覆いかぶさるように口づけられても、両手を彼の手をおさえるために使っているので抵抗できずに受け入れるしかない。 唇をついばまれ、舌を翻弄される。 息苦しさと恥ずかしさ、さらに気持ちよくなってルークは大きな瞳を潤ませた。顔がやっと離れたと思うと、ジェイドはルークの顔を見つめてまたしてもわけの分からないことを言う。 「さすが１０位ですね」 「―――は？」 今日のジェイドはわけが分からない。 分からないのだが、彼は彼なりに何かあるらしく一人納得している。 結局ジェイドが疲れたとしても、さらに疲れるのはルークであると当の本人たちはまったく気づかないまま夜が更けていくのであった。 |