ノックをするとどうぞ、とすぐに返事が聞こえた。ルークは遠慮なくドアを開けると、中にいた男に大股で近づいて目の前に立つ。
「どうしました、ルーク？」
ケテルブルクのホテルは一人部屋だから、他の誰に遠慮することもない。
目の前の男のベルトについている妙な形のバックルをつかむと、かちゃかちゃと適当にいじくってベルトをはずす。床に音を立てて落ちるが、ルークはそれを気にせず、今度は金色のボタンをはずしだした。
「おやおや、ずいぶんと積極的ですねえ」
「バカいってんじゃねえ！」
引きちぎらんばかりの勢いでボタンをはずして今度は軍服を床に落とすと、中に着ている黒い服をぐいっとめくり上げた。
雪国の出身だからなのか白い肌。
そのはずなのに、今は腹部が赤黒い色に染まっている。
「…やっぱりな。ティアかナタリア呼んでくるぞ！」
ルークは戦闘中についうっかり敵の特殊攻撃を喰らってしまった。さらに追撃されそうになったとき、目の前にジェイドが立ちふさがったのだ。ガードはしていたようだが無傷というわけでもないだろうに、彼はティアからもナタリアからも治癒術を受けていない。
ずっと笑顔のままだったからみんな気がつかなかったし、ルークもさっきまでつい忘れていたのだ。
「もう寝ていますよ。今日は彼女たちも力を使い果たしていましたし、こんなものはたいした怪我じゃありませんから、大丈夫です」
たしかにジェイドの言うとおり今日の戦闘は連戦でかなり手こずったため、ナタリアもティアも最後は治癒術を使える状態ではなかった。部屋に戻った彼女たちはすぐに休んだだろうし、もう深夜だから起こすのもためらわれる。
気づくのがもう少し早ければ、と悔やまれるがそれはいっても仕方ない。
「でも、お前来なかっただろ」
「――は？」
「…いつもなら…来るだろ、俺のトコ……」
別に待っていたわけではない。
決して彼を待っていたわけではないのだが、いつまで経っても部屋に来ないからおかしいと思っただけだ。
ジェイドはルークの言葉の意味が分かると、口元に手をあててぷっと吹き出す。
「それはすみませんでした」
「何笑ってんだよ！ 具合悪いならさっさと寝ろ！」
腕をつかんでベッドにジェイドの身体を強引に倒す。
寝転んでもくすくすと笑ったままなのが憎たらしい。心配なんかするんじゃなかった、とむくれるルークだが、とりあえず大事に至っていなくてよかったとは思う。
もー戻るからな、と言い捨てて部屋の入り口へ向かおうとすると、ジェイドが起き上がろうとした。
「寝ろっつってんだろ！」
「部屋に来て欲しいのだと思いまして。期待には応えないと」
「アホか！」
起き上がろうとした男の胸に手をつく。
やはり傷が痛むのか大人しくしているジェイドだが、じっとこちらを紅い目で凝視してきて、何か言いたいのかとルークは様子を窺った。
――――――。
見つめ合っている間にいたたまれなくなってくるのはどうしてだ。
悪いことをしたわけでもないのに、なんだか顔を隠したくなる。
要するに気恥ずかしいのだ。
そろそろ限界、というところでジェイドがようやく口を開いた。
「ルーク、この部屋に泊まっていきませんか」
「へ？」
「ああ、傷口が痛みますねぇ」
「………」
わざとらしいにもほどがある。
どうして素直に泊まっていって欲しいといえないのか。
しかしそれはお互い様だろう。
「――今日は絶対安静だからな」
「あなた次第です」
「……………」
なんと身勝手な男だ。
でもそんなことはとうの昔に分かっている。
分かっていて、いつも振り回されているのだ。
だったら、たまには―――
ルークはジェイドの脇に空いた手と肩膝を突いてベッドに乗り上げると、嬉しそうに微笑んでいる男に顔を近づけていった。
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