「ん……」 あまり深くない睡眠から目覚めるとルークは目をこする。 部屋が明るかったのでもう朝かな、と起き上がってみるとそれは自然の光ではなく、譜業装置による人工的な明かりだった。 宿の部屋は二人部屋。 今日の同室は…… 「ジェイド、まだ起きてたのか？」 宿に備え付けの大きくない机に向かってジェイドは書類の山と格闘していた。マルクト領にいる間のうちにたまっている仕事を片付けようとしているらしい。 「起こしてしまいましたか、すみません」 「いや、いいけど……また今日もかよ」 このところ毎晩に近いのではないか。とはいっても旅の途中であるから野宿も珍しいことではないが、少なくともルークと同室のときは必ず夜明け近くまで起きてこうしていた。 野宿においても火の見張りとかいって、ガイと交代ではあるもののあまり睡眠を取れていないのだから、せめて宿にいるときくらいはゆっくり休めばいいのに。 「そろそろ寝ろよ」 「これが片付いたら寝ます」 「それ全部って、朝までかかるだろーが」 そこまではかかりませんよ、とジェイドは微笑むがどう見ても尋常じゃない書類の枚数だ。 一体マルクトは何を考えているのだろう。他に人材はいないのか。それともジェイドが背負い込んでいるだけなのか。 ルークはベッドからおりると机に向かっていって、ジェイドの手から書類を取り上げる。 「ちゃんと寝ろって。人には無茶するなとか言いながら自分のほうが無茶だろーが」 「もともとそんなに睡眠をとるほうではないので大丈夫ですよ」 仕事の邪魔をされてやれやれと肩をすくめるジェイド。 なんだかんだルークのそばにいて面倒を見てくれているのは分かっているので、これ以上の負担にはならないようにしたい。だからジェイドの邪魔をしたくはなかったが、これ以上見過ごすこともできない。 「大丈夫に見えねーからいってんだろ。ほら、寝ようぜ」 肩をつかむが、細そうに見えつつしっかり筋肉のついている軍人はびくともしない。 ただ片眉を上げて苦笑するだけで、動く気配はなさそうだった。 「……どっちの台詞だか……」 ぼそりと何かジェイドがいった気がしたが、ルークの耳にまでそれは届かない。 「なんかいったか？」 「いいえ。でももう少しだけ仕事を――そんな怖い顔をしないでください」 「ダメだ。寝るんだよ」 自分では鏡でもないと表情は見えないが、おそらくは怒っているのだろう。 いつもは怒られる側なので、たまにはこういうのもいいはずだ。ジェイドを怒ってやれる人間なんてそう多くはないはずだから。ただしルークの場合、怖いもの知らずという感じではあるが。 「仕方ありませんね。では片付けだけして寝ますから、あなたは先に布団に入っててください」 「………」 インク瓶の蓋を閉めるジェイドを見てようやくルークは彼の肩に置いた手をはずす。フェイントの可能性もあるので近くでその様子を見ていたが、どうやら本当に仕事を中断するつもりらしい。書類の山は次々と封筒にしまわれていく。 今日のところはこれでいいだろう。 しかし次にピオニーに会ったら、少しだけ話すべきかもしれない。あまり話したい人物でもないのだが、苦手だとかそういうことを言ってもいられないだろう。 余計なお世話かもしれないが、何もしないでいられるほど彼を大事に思っていないわけでもない。 「―――ジェイド」 言われたとおりにベッドに戻ろうとしたルークだが、最後にペンをしまおうとしているジェイドの目の前の机に手を突く。 それから顔を近づけて綺麗な白い頬に唇を一瞬だけ当てた。 「…おやすみっ！」 ジェイドがどんな顔をしているのか見るのも恥ずかしくて、ルークはさっさと布団にもぐりこむと頭まで布団をかぶってしまう。 おやすみのキスは母から教わった。 大事な人がいい夢を見られるようにという願いをこめてするのだと。 だからジェイドにもしてみたのだけれど、思った以上に恥ずかしい。自分が彼をそんなふうに思っていると言っているようなものだから。 「……………ふ……」 しばらく沈黙していたジェイドが突然吹きだす。 どうせこの後にはお決まりの嫌味でもあるのかと思っていたが、それ以上は何も言わなかった。ペンまで片付け終えてベッドのあるこちらへ向かってきたジェイドは、布団をめくりあげてルークの頭を両手で包んで自分のほうを向かせる。 「寝ろっつってんだろ！」 真っ赤になった顔でにらみつけるが、ジェイドは微笑むだけ。 馬鹿にされたほうがまだ怒れる分いいのに。こんなときだけずるいと感じながらルークは頬を膨らませる。 「おやすみなさい、ルーク」 頬へのキスは厚意。 では唇は？ |