−relation+−



　嫌がらせのつもりだった。
　冷たくしても駄目なら、少し痛い目を見せてやるつもりだった。
　それで嫌われても、失うよりはいい。
　生きてさえ、いてくれれば――


「…に、い…ちゃ……りょ…にぃ――…っ」


　なのに最後まで自分の名前を呼んだ。
　苦しさから逃れようとする声だったのかもしれない。痛みからの解放を望む声だったかもしれない。でも自意識過剰かもしれないが、あれは自分を求めている声だった気がした。

　本気で拒むようなら、いつでもやめる気でいたのに。

　諒は部屋へ戻ると深く椅子に沈み込むように座った。それから手のひらを見つめる。慎に触れて、犯したその手を。
　まだ感覚が消えない。
　慎の熱。
　慎の肌触り。
　慎の匂いさえ残っている気がして、その手で顔を覆う。

「――詭弁だな」

　守るため？
　違う、自分はしたかったからした。
　嫌がらせだけなら、途中でやめてもよかったのに。
　庇護する相手だから、同性だから、兄弟だから、そんな理屈などでは自分を抑えきれなくなっていた。これまでどんな相手にも自分を見失ったことなどなかった。あまりにも強い自制心、そのせいで傷つけた相手もいる。

「……慎……」

　出て行け。
　戻ってくるな。
　近づくな。
　今度また同じ衝動が湧き起こらない自信はない。その衝動を抑えきれる自信がない。きっと、また同じことをする。愚かだと、赦されないと分かっていても。

　慎がいる限り――狂っていく。

　すべてが――……



■　　■　　■



「こんな真似を二度とされたくなければ、この街から出て行くんだ、慎」


　そのための見せしめ行為。
　知らない部屋に連れ込まれたと思ったら、服を脱がされ、触れられ、犯された。
　はっきりいって最悪だ。
　慎が男だからまだいいものの、見知らぬ女だったりしたら犯罪者である。まあ、そんな相手に諒が何かするはずもないが。

　慎だって17だ。これまでに女の子と付き合ったことがないわけじゃない。
　高校に入ったころ告白されて、付き合い始めた彼女には振られた。慎なりに大事にしていたつもりだったのだけれど、彼女にしてみればいつまで経っても進展しない関係というのは、自分に興味がないようでつまらなかったらしい。
　編入した凪の杜学園にだって可愛い女の子はたくさんいる。割と親しくなった茅野や森本だって、東京にいたころ見た子と比較しても容姿は整っている方だと思う。ただそれ以上の興味は持てない。
　かといって男に興味があるかといえばないが。洵は兄弟として可愛いと思うがそれだけで、拓朗に対してだって友情以上のものは感じていない。
　じゃあ、諒はなんだ。
　兄。
　その辺の人よりはずっと綺麗な顔をしている。
　本当はすごく優しいことも知っている。戻ってきてから冷たくされているけど、でも何か理由があるんじゃないか。伊藤という刑事の話にしたって、兄が情報を持っているというだけで、兄がやったということにはならない。

　あんなことまでされたのに。
「でも……まだ信じてるんだな、俺……」
　馬鹿だ。
　出てくるのは兄を庇おうとする心だけ。
　だって、触れて、抱かれて、つながったから、感じたものがある。
　痛くて、苦しかったけど、気持ちよかった。
　口を開けば女子のことやアイドルのこと、回ってくる雑誌やＤＶＤ、付き合いで慎も聞いたり受け取ったりはするものの、過度の興味が持てなかった。ただ淡白なほうなのだろうと思っていたのに。

「……っ……あ――――」
　ぶる、と全身が大きく一度痙攣したのと同時に、慎の手の中のティッシュペーパーが濡れる。火照る身体を落ち着かせようと、そのまま深呼吸を繰り返す。
「ふ……は…ぁ……」
　消えない。
　どうしても消えない、兄の面影。
　夜眠ろうとするたびに、昂ぶる身体をおさめようとするたびに、どうしてもあのときのことを思い出してしまう。唇と、舌、手がどんな風に自分に触れたか思い出さずにいられない。
　そして、始末した後は決まって枯渇する。
　これまでは知らなかった飢え。
　求める、心――


「……諒兄ちゃん……」


　もっと、もっと欲しいよ。
　そばにいたいよ。
　また……

続きというか事後の話ですね。
まあ、なくてもいいんですけど…互いの心情書きたかっただけでーす
慎君の彼女とかは捏造で。告白されてうれしくて〜ってありがちな。
あとは断りきれなかったとかね。1回で懲りるいい子だと思いますが。