「わははは！　飲め頼久！！｣
「て、天真…わらひは…」
「わらひ？」
　八葉全員で現代の京都に来た。
　天真と詩紋の案内によって、いろいろなところをめぐり、観光をしたその夜。
　ここには７人しかいなかった。

「私は大人の時間を楽しんでくることにするよ。ではね、鷹通｣

　そう言って旅館からいなくなってしまったのだ。
　思い出すだけでも怒りが込み上げて、鷹通は天真に止められたにもかかわらずコップに注がれた日本酒を一気にあおる。　
　この場にもはや平常心を保っているものはいない。泰明と永泉はいち早く壊れてしまったし、イノリと詩紋は疲れたのか畳に寝転がってしまっている。天真は結局自らも酒を飲み、頼久と二人で盛り上がっているが、つぶれるのは時間の問題だろう。
　本来であればみんなを諌め、世話をする鷹通であったが、ここの不在者への怒りから酒を飲まずにいられなかった。
　
　どうして私を置いていくのですか。
　私が子供だから？

　どうしてもっと早く生まれてこなかったのだろう。
　そうしたらもっと早くに出会えたかもしれないのに。
　もっと長い時を一緒にすごせたかもしれないのに。

「……子供じゃないです……」
　ここにいない誰かへとつぶやき、またコップに並々と酒を盛りぐびぐびと飲む。
「おお！　鷹通も、いい飲みっぷりじゃねえか！｣
「へんま……わらひは……もう…」
｢頼久限界かぁ？　オレの勝ちだな！！」
　言うが最後、天真も頼久もその場に倒れこんで爆睡を始める。結局その場には鷹通一人が残る羽目になった。
　かろうじて残っている理性で、このままではみんな風邪を引いてしまう、と部屋の隅にたたんである布団をかけてやろうと立ち上がる。
　ぐらっ。
　急に立ち上がったために酔いが回って平衡感覚がなくなり眩暈を起こす。そのままみんなと同じように倒れこむかと思った体を横から支える手があった。

「ああ、心配になって戻って来てみれば案の定だね｣
　鷹通の体を支えるように背中に回された腕の持ち主は、呆れた声を出す。
「とも……ま…さ殿？」
「みんなには私が布団をかけてあげるから、君は座ってなさい｣
　そう言って鷹通をまた元の場所に座らせると友雅は、やれやれと布団を引っ張り出して他の６人にかけていく。昼間の疲れと、酒のせいで起きる気配もなく６人は眠りこけていた。
「まったく世話が焼けるねぇ。私は保護者じゃないのだが｣
「でしょうね、貴方が一番羽目をはずしていましたから｣
　辛辣な鷹通の言葉におや、と友雅は鷹通のほうを見る。鷹通はアルコールのせいか白い頬を桃色に染めながら頬を膨らませていた。
「……鷹通、立てるかい？｣
　布団をかけ終わると鷹通のほうにやってきた友雅が声をかけて鷹通を立たせようと手を伸ばす。

「ひとりで立てます！｣
　差し出された手をとらずに鷹通は声を荒げて答える。
「何を怒ってるんだい？　綺麗な顔が台無しだよ｣
「そんな言葉は女性にでもおっしゃればいいでしょう！｣
「………大きな声を出すとみんなが起きてしまうよ。余計な事をしたのならすまなかった。私は空いている隣の部屋に行くから｣
　もともと４人ずつ２部屋取っていて、食事は一緒にとそのうちの一部屋にいたのだ。ここに６人がいる以上、もう一部屋は空いているはずだ。
　むくれている鷹通に軽いため息を残して、友雅が入り口のほうへ向かったその時、浴衣のすそを何かに引っ張られていた。
｢…………」
「……鷹通？」
　座り込んで頬を膨らませたまま鷹通は、友雅の浴衣のすそをぎゅうっと握り、アルコールの熱のせいで潤んだ大きな黒い瞳で見上げていた。
｢…………」
　呼んでも見上げたまま何も答えない鷹通に、友雅は吹き出すように顔を崩す。
「ふふっ……行くよ｣
　友雅はかがみこんで、座っている鷹通を軽々と抱き上げる。大の男がそんなに軽いはずもないのだが、友雅はそれは表に出しもしないので軽々といった様子だ。

「…どうして戻ってこられたのですか？｣
　隣の部屋に着き、友雅はすでに敷かれていた布団の上に鷹通の体を下ろす。その後カギを閉めに行った友雅に背後から声がかかる。
　カチャン。
「一人で知らない場所を歩いたり、夜景を見てもつまらないものだね｣
「お一人ではなかったでしょう？　昼間から女性に声をかけられていたではありませんか｣
　しつこく追求する鷹通に、隣の布団に座った友雅は意味ありげに笑む。
｢……気になるのかな？｣
「べ、別に……。…何を笑っているのですか｣
　むぅっとした鷹通を見てさらに目を細める。
「いやいや、酔った鷹通は素直で可愛らしいと思って｣
「どうせ私は大人じゃないです！！　おやすみなさい！｣
　これ以上失態を見せぬうちに寝たほうがいい。鷹通は頭まで一気に布団をかぶる。
　くすくすと友雅が笑うのが分かって、怒りが収まらない。
　まったくもう！
　いつもこうやって私をからかっては楽しんで。
　すぐに挑発に乗る自分が悪いのか。

　電気を消した友雅が布団にもぐった音がして、ようやく鷹通は顔を出す。
　京では真の闇がいつでもあったから、灯りがついたままでは落ち着かないのだ。そして、それでも京とは違い遠くから車の音やらがして、眠りにくかった。枕も柔らかいし、布団もふわふわ。
　昨日は初めてのことだらけで神経を消耗しきって横になった途端眠ってしまったが、今日は酒のせいで返って目が冴えてしまった。
　ごろっと寝返りをうつ。
「………鷹通、眠れないのかい？｣
「友雅殿もですか？」
「ああ……多少の環境の違いであれば眠れるのだが、こうまで京と違うとね」
「私もです……」
「だから提案なんだが、似たような状況を作れば眠りやすくなるのではないかな？｣
「え？　はい。でもどうやって……」
　返事をした途端布団が剥ぎ取られ、体を友雅の腕に引き寄せられる。そしていつもの軽い流れるような低音の声で耳元で囁かれるだけで鷹通はゾクリとし、体の力が抜けてしまうのだった。
「こういうことだよ」
「！」　
　友雅の言っている意味を理解すると、暗くて見えないだろうが鷹通の頬が染まる。
「……私は大人ではないので理解しかねます｣
　ちょっとした仕返しのつもりで友雅に些細な抵抗を見せる。
　だが、友雅は鷹通の耳元に息を吹きかけるようにクックッと笑う。それだけで鷹通は体が反応してしまいそうになるのを身を硬くしてこらえた。

「……では、私が大人の時間を教えてあげよう｣